利根地方の民話
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  利根郡地方の民話  第4話
        
                          猫と和尚さん
 
 

宇条田(うじゅうだ)峠の入り口に二十戸ほどの小さな村落がありました。

そこに、古いお寺があって、年をとった和尚さんが、トラという雄猫と一緒に暮らしていました。
 山間の美しい空を赤とんぼが群れ飛ぶ、ある日の事でした。

 和尚さんが朝のお勤めのお経を上げるために、衣を着ようとすると、どうしたことか衣の裾がびっしょり濡れている
ではありませんか。
 「わしと、トラしかいないのに不思議な事があるものよのう。」首を傾げましたがわかりません。

なにごとにも、あまり、こだわらない和尚さんは、それ以上考えても「しかたのないことじゃ。」とその朝はそれを着て、
いつものように、お経を上げました。
 
 ところが、次の日もまた、その次の日もまた、衣が濡れていたのです。
ついに、四日目の夜、それを突き止めるためにトラを抱いて眠った振りをして、嘘のいびきをかいていると、
何と、トラがむっくり起き出して、衣桁掛けから衣を取ると、それを肩に掛け部屋を出ていったのです。
びっくりした和尚さんは、
 「トラのやつめ、どこいくんだんべ。」と、そうっと、後を付けると、お寺の門を出て、村のはずれにある小さなお堂へ
入っていったのです。和尚さんは、そのあとからそうっと覗いて、またまた、びっくりしました。

 お堂の中には村中の猫が集まっていたのです。白も、黒も、三毛も、ぶちも、そして野良猫まで百匹以上もいます。
正面にお釈迦様の像があり、みんな神妙に座っています。その前に和尚さんの衣を着た、トラが手を合わせて、
お経を上げると、ーお経と言っても「ニャアオ」としか聞こえませんがー、みんなトラのあとから
「ニャアオ、ニャアオ」と真似して鳴くのです。

 トラは和尚さんがやるように、ときどき鉦を打ったり、木魚をたたいたり、その姿は和尚さんそっくりです。

 「へえ、トラのやつ、たまげたのう。門前の小僧と言うが、いつの間にかお経を覚えたのか・・・。
 お釈迦様の前でのう。」すっかり感心してしまいました。しかし、感心してばかりはいられません。

 トラは、化け猫かも・・・。」 ふと、そう思うと背筋がぞうっと寒くなりました。
和尚さんは、トラの気づかれないように、急いで寺に帰ると、本堂で、悪い夢を払うように、一心に、お経を上げてから
ふとんにもぐり込みました。
 
 次の日、目を覚ますと、トラはいつものように脇に眠っていました。

  ー昨夜見たのは、夢かな?−と思って衣を見ると、やはり衣の裾は濡れています。
明け方帰ってきたに違いありません。濡れているのは朝露のせいでしょう。

 
和尚さんがしみじみと、トラの顔を見ていると、トラは決まり悪そうにを明けました。
そして、きちんと座り直すと
 「捨て猫の私を拾って、可愛がってくださった和尚様のご恩は決して忘れません。けれど、昨夜私の正体を
見られてしまいました。もうここにお世話になることは出来ません。お別れいたします。今までのお礼に、
心からのおれいをいたします。」 
 そう言うと次のような話をしました。

 ーここの長者様の一人娘が、近い内になくなります。長者様は悲しんで近いところはもちろん、遠いところからも
、大勢のお坊さんをお招きして、盛大な葬儀をします。でもその時あなた様だけは招かれません。
あまりに近くて忘れてしまったのでしょう。
 
 そこで、私が呪文を唱えます。そうすると、大変な事が起きます。
その時長者様は、あなた様のことを思いだして、あわててあなたをお招きします。その時お経の終わりに

 「とらやあ!」と、大声で言ってください。すると、呪いが解けます。ー

 そう言うと、トラは立ち上がって、縁先がら姿を消してしまいました。

 それから数日後、トラが言っていた通り長者の一人娘がぽっくり死んでしまいました。あとは、言ったとおりに、
方々からえらいお坊さんが招かれて、盛大な葬儀が営まれました。やはり和尚さんは招かれませんでした。

 きれいに飾り付けられた、お棺が、親戚や村の人々に守られて、長い長い葬列が門を出たときです。
今まで、晴れ渡っていた青空に、突然、真っ黒な雲が出て、、あたりが暗くなると、不気味な風が吹いてきました。

 すると、大変なことが起こりました。飾られたお棺が、みるみる空に巻き上げられてしまったのです。
そして、空中で止まってしまいました。
人々はあれよ、あれよと、ただ、見上げるばかりです。
大勢のお坊様もびっくりして、読経を、始めましたが、すこしも効き目がありません。
 
 長者様は、山伏を呼んできて
「早く、お棺を降ろしてくだされ。お金はいくらでも差し上げますから。」と言うと

山伏は、法螺貝を吹き鳴らし、鐘を打ち、杖 をふって、大声で祈祷を始めました。
けれどもいっこうに効き目がありません。それどころか、黒雲は怒りを増したように、ますます荒れて雷鳴が
とどろき、稲光が走りました。その時誰かが、

 「山寺の和尚様がいない。」と叫びました。
長者は初めて、和尚さんがいないのに気づきました。

 「誰か、早く和尚さんを呼んできて。」と、村人を走らせました。」
長者は和尚さんとは幼なじみだったのです。どうして忘れてしまったのでしょう。一人娘の突然の死に
混乱してしまったのでしょう。どうして忘れてしまったのか訳がわかりません。

 「すまなかった、和尚。あれを何とかしてくれ。」と、頭を下げました。

 和尚さんは相変わらずの、一枚しかない例の衣を着て、天空のお棺に向かって、一心にお経を上げ始めました。
しかし、妖しい黒雲は、いっこうに治まりません。
 「あんな、坊主のお経なんかで、治まるわけがない。」
と、回りを取り囲んだ、大勢の坊様や山伏達はわざと、聞こえるようにぶつぶつと声に出して、馬鹿にしました。

和尚さんはトラに言われたとおりに、最後に鉦をぐわんぐわん鳴らして、

 「とらやあやあ!」と思い切り大きな声で叫ぶと、
あれあれ、あれほどの凄まじい雷鳴が、ぴたりと止んで、黒雲が、どんどん、空の涯に消えてしまいました。

そして、真っ青な空が戻り、太陽がさんさんと輝き、金色の雲に乗って、お棺がゆっくりと下りてきました。

 長者は喜んで、和尚さんの手を取り
 「ありがとう、ありがとう。お前様の寺をきれいに建てかえよう。」
と、約束しました。
 これを見ていた大勢の坊様や山伏達は、こそこそ逃げ出しました。

村人達は、両手を上げて大喜びです。
「山寺の和尚様は、やっぱり、おら達の守り本尊じゃ。」

 そして、長者と村人達は力を合わせて、古いお寺を取り壊し、新しい立派なお寺を建てました。

 和尚さんは、あのトラが拝んでいた、古いお堂を庭の一隅に移してもらって、あれ以来姿を見せないトラのために
生涯お経をあげたということです。