氏   名    山 口 育 孝(ヤマグチイクタカ)
生年月日    昭和35年5月23日
血 液 型     O型
住   所    群馬県利根郡利根村老神275
経   歴    
昭和35年5月23日、父 敬一 母 みつの4男として老神に生まれました。生まれた時は家族のため生活のため農作業の邪魔をしないように昼間はよく昼寝をし何故か夜に良く泣く子だったそうです(-_-;)
利根村は山間部のため保育園・幼稚園はなく小学校に行くまで老神で伸び伸びと遊び自分の名前を書けるようになったのは小学1年の時でした(^_^;)
中学3年の時私には2つの道のどちらかを選ばなくてはならなくなり未知の世界に行き就職すねか地元に残り地元に就職するかでしたが長男は前橋に('_')次男は月夜野に行き('_')3男は建設省(国土交通省)に就職し長女は昭和村に嫁に行き残った私は山口の家を継ぐことにしました(^_-)
群馬県立武尊高等学校に入学、地元企業に就職し多くの友人に囲まれ運良く女房(恭子)長男・次男とめぐまれました(^_^)v
山口家
山口家は、その昔、北関東を納めていた越後 上杉家の家来で庄屋として老神の地へ来たと言われています。
江戸の時代、沼田藩主の伊賀守信利が貨殖を好み、藩政が振るわなかったため、老神村の名主(先祖)山口六郎右衛門が立ち上がり、直訴におもむきました。しかしその帰りに、内部の裏切り者のため、討たれることとなります。山口家滅亡を逃れるため、村の人たちは娘を隣村にかくまいました。沼田藩の藩政が慎まると、娘は老神に戻り、山口家を継承し、湯治宿として暮らしを始めました。そして、のちの明治20年、山口家は旅館として開業いたしました。
その後、分家をし旅館をするもの農業するものと山口家は繁栄(^_-)してきました。